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エッセイ:私とジャズ

人に情けは巡り巡って己が為

7/13/2025

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一般社団法人日本ジャズ音楽協会理事長小針俊郎は、当協会参加団体である一般社団法人横浜JAZZ協会の理事も務めており、同協会が毎月発行する月刊の会報誌HAMA JAZZにエッセイを連載しています。そこで友好団体である同協会の諒解のもと、当協会のホームページにHAMA JAZZ連載の原稿を一部加筆、修正を行うなどしてここに転載することになりました。適宜に本欄に掲載いたしますのでご随意にお楽しみください。
 新聞か何かで読んだのですが、有名な諺の「情けは人の為ならず」が誤用されるケースが多いのだとか。つまり人に情けをかけることは当人の為にならないと誤用されているのだそうです。ぼくも子供の頃はこのように誤認していましたが、諺には「巡り巡って己が為」という七五調の下句があるのだと親に教えられ認識を改めました。
長じてから善行が巡り巡って自分の窮地を救うという人情の連鎖を描いた芝居を観て納得したことがあります。諺の機微を言い当てた名作だと感動しました。

 この芝居は明治の落語家三遊亭圓朝作の「文七元結」を原作とする歌舞伎で「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)」。初演は明治35年五代目尾上菊五郎。ぼくが観たのは昭和の名優十七代目中村勘三郎で舞台は新橋演舞場でした。こんなお噺です。
 腕はいいのだが酒好き博打好きが玉に瑕の左官の長兵衛。ある年の瀬、家の借金を苦にした娘のお久が吉原の大店角海老に駆け込み、自分の身体を抵当に五十両を貸してくれと頼みこむ。苦界に身を沈める覚悟の孝行娘。心を動かされた女将のお駒は長兵衛を呼び、大晦日を期限に五十両を用立てる。一日でも過ぎればお久を店に出すという条件だ。

 五十両を懐に吉原から本所達磨横町への帰路、吾妻橋にかかった長兵衛の目前で若い男が大川に身を投げようとしている。聞けば鼈甲問屋近江屋の奉公人文七という者で、さる屋敷で集金した五十両を掏られたので死んで詫びようという。懊悩の末、長兵衛は懐の五十両を投げ与える。戸惑う文七。

 「己だってさ、遣りたくもねえけれど、おめえが死ぬというから遣るてえのに、人の親切を無にするのけえ」

 骨身にしみて有難い五十両、しかも娘が抵当に入る五十両である。それを見ず知らずの若者の難儀を見捨てておけぬ故にくれてやる江戸っ子気質。孝行娘お久の献身➡情理を知る女将の鷹揚➡長兵衛の侠気と繋がる人情は、最後にはすべてが明らかになります。

 店に帰った文七が、長兵衛からもらった五十両を集金した金と偽って差し出すと、近江屋主人卯兵衛は怪訝な顔つきだ。実は文七が掏られたと思い込んだ五十両は屋敷に置き忘れていたもので、使いの者が近江屋に届けてくれていたのだ。文七からわけを聞きすべてを飲み込んだ卯兵衛は、翌日文七に角樽を持たせ達磨横町を訪ねる。長兵衛の器量を見込んで文七を養子にしてやってほしいと頼み込む。抜かりのない卯兵衛の計らいで、戸口には着飾ったお久が帰ってきている。お久と文七は目出度く所帯をもって、麻布に元結店を開いたというお噺。

 圓朝の原作が明治20年頃の発表。時代設定はご覧の通り江戸後期と思われますからいかにも古い時代のはなしですが、英語にも似た諺があって「A kindness is never lost=親切は無駄にならない」というのだそうです。

 日本には因果応報、つまり悪因の報いをテーマにした物語が多い気がするので「文七元結」はほのぼのとした気持ちにさせられます。ところで本稿はジャズ協会用のものですから、少しはジャズにこじつけようと考えてみたのですがこんな歌は如何でしょう。

 「Everything Happens to Me」。何の因果か、身から出た錆か。ある男の不幸な巡り合わせが歌われています。トミー・ドーシー楽団の専属歌手だったフランク・シナトラが1941年に初演した曲で、作曲は同楽団で作編曲者として働いていたマット・デニス、作詞はトム・アデール。失恋歌だが通常のバラードとは異なり、ある男にふりかかる深刻な、見方によっては滑稽ともいえる災難が饒舌体で語られていきます。

 このぼやきの面白さが本作の真髄だから、単純なヴォーカル・リフレインでは歌いきれなかったのでしょう。当時のビッグバンドとしては異例のアレンジで彼はヴァース4小節から入りワン・コーラス32小節+エンディングまでソロで歌いきります。詞を要約すれば「ゴルフには必ず雨、パーティを開けば上階のヤツに文句を言われ、風邪を引いたり電車に遅れたり」というこの男の踏んだり蹴ったりの経験が連ねられ、しかも「たった一度の恋も振られてしまう」。彼女に「航空便を送ったらサヨナラの返事。おまけに料金不足ときた」。

 この男、悪いヤツではないのでしょうが、人生にはこんなこともあるよね、という我ら凡人の共感を買ってスタンダード化しました。そう「人に情け」どころか為すところもなく、ただ徒食しているだけでも悪運に見舞われることが人生にはあります。そんなことを教えてくれる歌だと思います。
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